こんにちは!
先日ファイナルファンタジー零式をクリアしました。
正直エンディングがかなり衝撃的だったので居ても立っても居られず感想を書くことにしました。
ネタバレ盛りだくさんのため未プレイの方はクリア後にご覧ください。
今更プレイしたよ
そもそもファイナルファンタジー零式はPSPで発売されたのが2011年、HD版が2015年です。
そして今回プレイしたのはPSP版。
実は海外移住する前に中古で200円くらいだったので買ったのですが、2023年になるまでプレイしないままでいました。
理由は単純にPSP版だとディスク2枚組で長そうだと思ったからです。
ファイナルファンタジーシリーズはほとんどプレイしたことがなく、ⅩとⅩ-2が一緒になったものをスイッチでプレイしたくらいで外伝のクリスタルベアラーとクリスタルクロニクルも昔Wiiでプレイしました。
そのためファイナルファンタジーへの知識はほとんどありません。
ストーリーのおさらい
簡単にストーリーをおさらいしますと、話の中心は国家間の戦争です。
戦争に奮闘する若者たちが世界の命運の渦に巻き込まれて行く話です。
東西南北の4つのうちの国の一つ、朱雀に所属する幻の0組の生徒たちを操作し戦場でのミッションをこなして勝利を目指すのがゲームの大筋で最後は世界を救います。
しかしそれと引き換えに彼らは命を落としてしまうというのが物語の結末です。
エンディングを見て引きずった
ここからは感想です。
私は戦争の話が苦手なのでプレイし始めたところで正直嫌だなと感じました。
しかしエンディングの最後の最後でこの作品の評価は一変しました。
ストーリーのところでも紹介しましたが、0組の生徒たちは最後命を落として物語は終わります。
このシーンを見たときかなり衝撃的でしたし、休日前に夜更かししてたどり着いたせいで寝付けませんでした。
しばらく主題歌のゼロを気が付くと口ずさむようになりました。
ここでエンディングのおさらいです。
主人公たちが所属する朱雀は戦争に見事勝利し4つの国の頂点に立ちます。
しかしそれが引き金になってフェリスの刻と呼ばれる災いが世界を覆います。
これに対して0組のみんなが力を合わせて世界を救うのですが、その代償に満身創痍になってしまいます。
その状態でみんなが集まったのはいつも過ごした教室でした。
満身創痍の彼らはこのまま自分たちが死んでしまうことへの恐怖におびえますが、楽しく明るい未来の話をして「一人じゃなくてよかった」と言ってエンディング曲「ゼロ(歌:BUMP OF CHICKEN)」が流れます。
これでめでたしめでたしかと思いきや、ラストサビでまさかの全員死亡の姿がさらされ生き残った0組の編入生であるマキナとレムがそれを発見しうなだれます。
そこに彼らのマントを繋いで作られた旗が翻り、曇り空に虹が架かって終わりです。
余談ですが、このシーンのマキナが三浦春馬さんに見えて仕方がないです。
そして0組みんなは人間になった
このエンディングを見て私は0組のみんなは人になれたのだなと感じました。
この本編エンディングを見終わると真の章というさらなる映像が解放され、この世界が神であるマザーによる実験場で0組の12人はモルモットだったと明かされます。
0組の生徒たちはマザーの目的達成のために6億回以上この世界を繰り返しており、その影響で序盤の魔法が封じられているはずなのに魔法が使えたり、デジャヴを見たりします。
加えて「死ねば他の人の記憶から消される」という世界の中で0組の生徒たちはマザーによって何度でも生き返ることができます。
こういったところを見ると人間離れしているというよりも人間かどうかも怪しいと感じられます。
しかもラストダンジョンでは死人なのではと感じました。
しかし本編エンディングでは自分たちの死に対して「怖い」「痛い」など恐怖を露わにしています。
実はゲーム序盤のムービーでもマキナの兄が自身の死に対して恐怖を訴えているシーンがあります。
初めあれを見たときは戦場に身を置く人にしては情けなさ過ぎると感じましたが、あれこそが「人間」の正直な反応だったと言えます。
それと同じ反応を示しているエンディングの0組の生徒たちは「人間」になったのだと言えます。
また、フェリスの刻からラスボスのダンジョンに向かうところでも0組が人間であるかどうかの選択が二つ示されます。
一つはマザーが自分たちがどうしたいのかは自分たちで選べというセリフです。
これまで軍事作戦を上からの指示だけで動いていた彼ら生徒たちにとって丸投げされたような感じですが、一方で人間としての自由を与えられたとも言えます。
もう一つはラストダンジョンの選択肢でこのまま人として戦うか、人であることを捨ててルシという守護神としてパワーアップするかを選択できます。
後者を選ぶとプレイヤーが全滅するまで敵と戦い続けるバッドエンドになります。
これも人であることに重きが置かれています。
こういったことから0組の生徒たちが最後に人間になれたということが言えると感じます。
オープニングとエンディングの共通点
そして、上でも少し触れましたがオープニングとエンディングは共通している部分が多いことも挙げられます。
死に対する恐怖を表しているというのもありますが、他にも
がれきの山にみんな集まっている
旗と最後のセリフ
も意図的に寄せているように感じました。
がれきの山にみんなが集まっている部分ですが、オープニングでは0組の生徒たちが武器を持って集まっている、全員集合のカッコイイシーンです。
一方エンディングでは武器はがれきの山の集められ、その下に12人の生徒の死体が並んでいます。
エンディングでは戦いが終わったので彼らは武器を手放したと言えます。
そしてエースの武器であるカードがクローズアップされているのもオープニングとエンディングで共通しています。
次に旗を掲げている点についてですが、オープニングでは白虎軍に責められている中でここは朱雀の国だと主張しているのだと感じました。
まさに「我ら来たれり」というセリフとこのシーンの最後のセリフとマッチしています。
エンディングでは彼らのマントを繋ぎ合わせて旗に見立てています。
赤いマントは0組の生徒である証であり、このシーンでは朱雀としてではなく0組の自分たちが「僕たちはここだ」と最後のセリフ同様に自分たちの居場所である教室で自分たちの存在を示しているという印象を受けました。
また、「我ら来たれり」の一連のセリフは実はフェリスの刻のことを示していた言わば「借り物の言葉」であるのに対し、「僕たちはここだ」は「自分の言葉」つまり、自分の意志という人間らしさが感じられます。
しかしそれが伝わるのがマキナとレムだけというもの辛い所です。
またエンディング曲の流れる前からラストサビの間には
みんなのマントで旗を作る
武器を集める
手をつなぐ
といった一連の流れがあったはずです。
手をつないだ後も一人ずつ誰かが息を引き取っていく過程があったことを想像すると泣けてきます。
BUMPの曲について
私はBUMP OF CHICKENのユグドラシルの頃からのファンで、CDもちゃんと集めライブにも行ったことがあります。
そのため今作をプレイするよりもずっと前から主題歌である「ゼロ」は知っています。
しかし今作をプレイしたことでそういう意味だったのかと感じる部分も多くありました。
本編エンディングはファイナルファンタジーのテーマソングが間奏に入るという他では聞けない特別仕様でビックリしましたが、ファイナルファンタジーをほとんどプレイしてこなかったので最初アレンジされているということくらいしか感じませんでした。
歌詞に登場する
「迷子の足音 消えた 代わりに祈りの唄を
そこで炎になるだろう 続く者の灯火に」
はゲーム中に何度もエースが歌っています。
ゼロの歌の中でも最初と最後にこのフレーズは登場しています。
私は零式をプレイするまでこのフレーズは最初と最後で意味が変わっていると感じていました。
最初の「迷子の足音 消えた」は文字通り迷い人がどこかに消え、最後の「迷子の足音 消えた」は迷い人はもう迷うことを止めて自らの意志で歩き出したから迷子としての足音は消えたのだと伴奏の力強さも加わったことでそのように思っていました。
これは本編でも当てはまるのかなと思いました。
このフレーズがゲーム内で最初に登場するのはオープニングでマキナの兄が亡くなるところです。
マキナの兄は死の恐怖に怯えその命は尽きて消えました。
それを受け継いでエースたち0組の灯火となって物語が始まります。
一方エンディングも0組の生徒たちが死への恐怖に怯えているところでエースはこのフレーズを口ずさみます。
これを歌ったことで死への恐怖よりも明るい未来の話をし始めます。
そして明るい未来を願ったまま自らの死を受け入れ、マキナとレムに発見されます。
つまり、エンディングの0組の生徒たちは死への恐怖への迷いは消えて未来に託す灯火となることを選んでいます。
Bメロの歌詞はそのままマザーのシナリオ通り6億回も同じことを繰り返していることそのもので、サビは「終わりまであなたといたい」がすべてだと思います。
「架かる虹の麓に行こう」は「他に誰もいない場所」と言っています。
考察を見ると人によっては死後の世界のことを示していると考える方もいました。
0組の生徒が死を受け入れたエンディングを見るとそれもそうだと思います。
それに加えて私はマキナとレムがエンディングの後クリスタルの加護がなくなった世界の発展に貢献するという後述を見て「虹の麓」とは「まだ誰も見たことがない世界」とも言えるのかなと感じました。
生き残ったマキナとレム
0組の生徒たちはトランプに見立てて1(エース)から13(キング)の名前が付けられています。
実は10に該当する人物は0組からマザーによって追放されているので12人しかいません。
そこで編入してきたのがマキナとレムの二人です。
ゲーム内ではこの二人の、特にマキナについて描かれています。
とにかくマキナは病気持ちのレムのことばかりを考えており、それが昂じてあろうことか敵国に寝返ってしまいます。
そのせいで自らの手でレムを殺めてしまうというどうしようもない存在です。
エンディングではマザーによって二人とも復活して全滅した0組を教室で発見することになり、マキナはもう届かない謝罪をします。
この部分だけ見ると「何やってんだよマキナ!!」と思いますが、私の中ではマキナとレムがいたから6億回もの輪廻から0組の生徒たちは解放された(ようやく未来を託して死ぬことができた)と感じられるのでむしろ0組の生徒たちには感謝されているかもしれないと感じました。
というのも、このまま実験を繰り返すべきか迷っていたマザーはマキナとレムの言葉を聞いて実験を止めてこのまま世界を続行することにしたからです。
続行された世界はクリスタルによる魔法もない、人が死んでも忘れることができない、私たち同じような世界です。
そこでマキナは死ぬまで世界の発展に貢献したと後述には記されており、マキナの名前に込められた「無限大」の可能性が0から繋がれたと感じます。
まとめ
一旦書き出したら止まらなくなりましたが、これが私のファイナルファンタジー零式の感想です。
まとめると
0組の生徒は人間になれた
オープニングとエンディングはリンクしている
マキナはマキナで頑張った
BUMPサイコー
ということです。
それでは!!